「スペードの女王」（横溝正史） | ラバン船長のブックセイリング

殺されたのは一体どちらで、誰がなぜ？

「スペードの女王」（横溝正史）
　角川文庫

首を切断された女の
変死体の内股には、
スペードのクイーンをあしらった
刺青が施されてあった。
それは名人彫り師･彫亀の
手によるもので、
同じ刺青を持つ
もう一人の女がいることが
判明する。殺害されたのは
一体どちらの女か…。

横溝正史得意の
｢首のない死体｣を扱った長編作品です。
同じトランプカードの絵柄の
刺青を持つ二人の女。
殺されたのは一体どちらで、
誰がなぜ？それが
本作品の肝となっているのです。

【主要登場人物】
スペードの女王
…麻薬王の妾。
　内股にスペードの女王の刺青。
陳隆芳
…麻薬王。一昨年死亡している。
坂口亀三郎
…名人彫師。通称･彫亀。
　事故死したが他殺の疑いあり。
坂口キク
…亀三郎の妻。依頼人。
山上八郎
…ペンギン書房社長。
前田浜子
…ペンギン書房敏腕婦人記者。
前田豊子
…浜子の姉。
　本人の知らぬ間に刺青される。
岩永久蔵
…赤坂のナイトクラブ経営者。
神崎八百子
…ホステス。久蔵の愛人。
谷口健三
…久蔵の秘書。
　死体の積まれた車を運転した。
伊丹辰男
…別荘に着くと姿を消した
　八百子の知人。
高橋警部補…警視庁麻薬担当官。
等々力警部…警視庁警部。
金田一耕助…私立探偵。

本作品の味わいどころ①
同じ刺青を彫らせる女
冒頭部分のおどろおどろしさが
秀逸です。
彫亀が目隠しをして案内された部屋には
昏睡状態の女性。
本人の同意のない
刺青であることは明白。
自分と同じ刺青を彫るという
奇特な注文。
これだけで彫られる女性は
身代わりとして殺害されるということが
見え見えです。
ところがそんな簡単な事件では
ないところが横溝の真骨頂。
面白さ抜群です。

ところでこの部分は
｢双生児は囁く｣の冒頭部分の流用です。
｢双生児｣で彫亀が彫るのは
｢スペード｣ではなく
｢ハート｣のクイーン。
そして内股ではなく
左の二の腕という違いはあるのですが。
横溝はこの設定が
短篇で終わってしまうことに
心残りを感じていたのでしょう。

本作品の味わいどころ②
つながる表と裏の世界
刺青のある女は｢スペードの女王｣と
呼ばれる裏の世界の実力者。
一方で、まっとうな仕事をしている
雑誌記者･前田浜子なる女性が
早々と事件に巻き込まれます。
裏と表の世界が
どこでどうつながっているのか？
これが｢顔のない死体｣と
巧妙に結びつき、
事件を複雑怪奇にしているのです。

本作品の味わいどころ③
金田一耕助に迫る危機
そして本作品の特徴は、
金田一が犯人から
狙われるということでしょう。
いつもは事件の外側から
犯人を追い詰めていく金田一ですが、
今回は緑ヶ丘のアパートが
危険にさらされ、
等々力警部が金田一の部屋に
泊まり込みの警護をするという一幕が
設けられています。
そして最終場面でも金田一が犯人から
撃たれそうになったところを
等々力警部一行が発砲して
阻止するというスリリングな場面まで
用意されているのです。

本書もまた横溝正史
没後40年＆生誕120年記念として
約40年ぶりに復刊したのですが、
多くの未発表作品や原形作品が
相次いで刊行される中、
この復刊は遅きに失したと
言わざるを得ません。
杉本一文画伯の表紙画での復刊を、
首を長くして待ち望んでいるファンは
大勢いるのです。
私も旧角川文庫版で
所有しているにもかかわらず、
買ってしまったほどです
(旧角川文庫版は
かなり傷んできているので、
新しいものが出たのなら
両方持っていたいのです)。
まだまだ復刊されていないものが
あります。この記念の年に、
さらに多くの作品が復刊すると友に、
現在漢字一文字デザインの装幀を
杉本装画に戻しての重版を
強く要望したいと思います。